第一原理計算入門 教育指導論

教育方法の一例
 近角聡信 著、『銅鉄主義-研究テーマの選び方-』、固体物理、38 (2003) 65.

 この題目は、昔、固体物理の研究が始まった頃に流行った言葉で、「銅について研究したことを、鉄についてもう一度繰り返す」ことを意味している。今日では銅と鉄とはずいぶん違った金属であることがわかっているが、それが認識されていなかった頃、同様な研究を対象を変えて繰り返すことを意味していた。
 研究テーマを選ぶときの安易な方法であるが、はたしてこれでよいだろうか。
1. 魔の3ヶ月
 筆者が東大の物性研究所で磁気第Ⅰ部門を担当していた頃、全国から共同利用の研究者が研究のためにやって来た。1〜2年の滞在期間の間に研究を仕上げなければならなかったので、適当な研究テーマを選ぶのが、最初の仕事である。
 そのとき、筆者は研究者の自主性を重んじて、使える装置などを考えた上、大体の方向性を示した後は、本人にテーマを選ばせた。期間は3ヶ月である。
 この3ヶ月の間は、図書館に行ってそれまでに同じ分野で発表された論文を調べるとか、他の分野の有名な論文を探すなどして、適当なテーマを選ぶわけだが、これがなかなかうまく行かない。弟子達は、この苦悩の3ヶ月を「魔の3ヶ月」と呼んでいたようである。
 その「魔の3ヶ月」を終わって、研究者が筆者の前に現れて、彼の得た構想を報告する。筆者はそれを聞いて、よほど無意味な構想でない限り、思い切り褒めてあげる。すると、その研究者の表情はパッと輝く、内面的には、研究心というロウソクにポッと焔が灯もるのである。そうなれば、もうその研究者はエンジンのかかった自動車のようなもので、自力でどこにでも行けるようになる。
 余談だが、一般的に、人は褒められるほど嬉しいことはない。それと反対に叱られて良くなることはほとんどない。これは子供が親に育てられるときもそうだし、後輩が先輩から指導されるときもそうだし、修業僧が高僧の教えを受けるときも例外ではない。
 エンジンのかかった研究者は、夜遅くまで研究室に残って、熱心に研究する。その結果を学会で報告する。そこで他の研究室の有名な先生から質問を受け、「なるほど!」などと感心されると、更に研究心がエスカレートする。このようにして、研究者の卵は誕生するのである。

undefined